◆ ベルギー カラーダイヤモンド買い付けレポート 2003年3月  Page: 1 2 3 4

2月27日木曜、
L氏からTELあり「ブルーの面白い物が手に入ったから来ないか・・」ということで再度訪問。ところがグレイがかったものを見せてクレージープライスを言っている。オッサン何を寝ボケとんねん、もうしゃあないと思ったけども「せっかく来たんや、この前見たモノなんか安せんかいな」と言うと、小粒で薄めのロットが出て来た。ふと気が付くと、部屋の隅に見知らぬ男、聞けばかの有名なRAPAPORT社の記者。
ははあ、そういうことやったんか、
ニューヨークに本社を置くR社が発行する業界誌はダイヤ関連の人間なら誰でも知っているNo.1誌である、これに対抗できるのはUKIPORTくらいのものではないかと言われているが・・まあ今回はいいだろう、R誌についているダイヤモンドの価格表、これはホワイト系のものに関してのみであるが(ウキ氏などカラー屋を除く)ほぼ全ての輸出入業者必携だ。これをもとにしてベルギーやイスラエルの輸出業者がホワイト系ダイヤの値段を決めている。大きく価格が変動しないという特徴があり毎月の微調整で市場を反映しようとしているが、有名になりすぎ影響力が大きくなりすぎて、どちらがどちらに合わせているのかよく判らない時がある。
L氏にカラーダイヤの取材に来たR社記者のためウッキーが呼ばれたわけや、インタビューの内容によりVividな味付けをするために。これは期待に応えてやらねばならない、乏しい英語のボキャブラリーを懸命に振り絞って熱く値段交渉、小さなロット、こんな折やから最後は売るだろうと推測してキツイOfferをしたら案の定だった。記者氏にUKIPORTについて聞いたら、『アメリカでも人気や、ええライバルやな』という答えが返ってきた、さすがヤンキー、話せるやつだった。

帰国すれば3月、ウッキーの一番好きな月だ。何故なのかよくわからないが、これから春、何かが始まりそうな気がするのである。
卒業式のシーズン、
若者たち、という言葉を使うのはちょっと気取っているみたいで、またオッサンくさくていけないが、卒業してゆく彼らは式に臨んでいっときでも清々しい気持ちになってもらいたいものだ、と切に願うのだけども、今年も国旗国歌の件で姦しくなるとせっかくの気持ちも台無しだ。卒業式でなぜ国旗を引きずり降ろしたりするのか国歌斉唱を妨害するのか、クソヤローたちの仕業とは言えウキ氏には彼らのやっている事がさっぱり理解できない。主義主張とはっきり言うのであれば、そんなに日本が嫌いなのであれば中国へでも北朝鮮へでも移住すればよいと思う。偉大なる首領様が治める地上の楽園にでも行けばよいのである。毎日のように脱北者が絶えない中、新潟から何とか号へ乗せてもらって行けば首領様はじめ人民がれいのマスゲームでもって大歓迎してくれることは間違いないであろう。
日の丸、君が代に反対する理由として日教組のバカ教師どもが言っているのは戦争のシンボルだからということである。アホもアホなりにいろいろと理屈を考えるものやなと思うが、これこそ全く勉強不足、もう少ししっかりと勉強してから教師になってもらいたい、世界の主要国家の国旗国歌の成り立ちや内容を勉強してから教壇に立ってもらいたい。
アメリカ、フランス、中国の国歌は戦いの歌として有名だ。それぞれテンポのよい美しいメロディーだけども歌詞の内容は、『弾丸飛び交い・・、流血の・・、屍乗り越え・・、敵を倒して・・・』という超過激な言葉のオンパレードである。特に中国の国歌なんてのはひどい、対日戦争の時の歌詞『日本倒せ、オー!!』の歌である。事あるごとに日本に内政干渉「日中友好に反する」というのであれば、あんたところの国歌を変えてからにしろと言いたいくらいのものだ。
国旗にしてもフランスは革命の時に使われた物、中国は共産主義革命の象徴いわゆる赤軍の旗である。無血革命という言葉があるように、革命というのは血を流さずには始まらないし終ってみれば真っ赤である。
欧州各国はじめ多数の国は幾多の戦いの後それぞれが独立、国境線が定められたのだ。国旗や国歌が戦いの象徴であるのはある程度当然のことである。戦争になれば国旗の下に軍が集結し軍隊を鼓舞するために国歌が歌われるのは至極当たり前。日の丸と君が代を使って戦争に負けてゲンが悪いから別の物に変えろ、というのであれば十分に説得力があるけれども、戦争のシンボルだからと反対を唱えるのは全くこいつらアホかいな、である。教師というのはいつも思うがホント勉強不足のただのteaching machineなんやなと感ぜずにはいられない。
どうでもええけども、反日マスコミの象徴である朝日新聞の社旗は旧日本海軍の旗みたいやねえ、考え改めるか社旗変えるかどっちかにしろ、バカヤロー!
サッカーの中田が5年前、フランスワールドカップの直前『君が代はダサい、歌いたくない』というような発言をして日本サッカー協会が右翼団体から強烈な抗議を受けたという事件があった。川渕チェアマンが中田を説得することで落ち着いたらしいが、反日マスコミはここぞとばかりに声を大にして中田発言を報道していたけどもホント単純バカ、賢いが舌足らずの中田君が言いたかったのは「戦いに臨めるような国歌を歌いたい」ということであったのは言うまでもない。
ウキ氏の個人的な好みを言わせてもらえば、日の丸も君が代も好きである。
成り立ちはいろんな説があるけども、国旗日の丸が、聖徳太子が中国皇帝に送ったと言われる書簡『日出ずるところの天子・・・』というのをモチーフにしているのは間違いのないところであるし、国歌君が代は、天皇が臣下の者たちの子孫繁栄を願ったものである、という解釈に賛成であるからだ。

3月1日、KLMアムステルダム発バンコク行きの機内である。
バンコク(?)、大阪の間違いではないのか(?)、残念ながらタイへ行かねばならなくなってしまったのだ。
ひどい目に遭った、ブラッセルからアムステルダムへの飛行機が出発前にエンジンの故障で飛ばなくなり、約4時間空港ロビーで待たされた。その間にアムステルダムから大阪行きが出て行ってしまう、いったいどうなるのかと思いきやアムステルダムからバンコクを経由して大阪というチケットを渡されたという次第である。時差の都合で空港からではなく先ほど機内から自宅に電話したのであるが(クレジットカードでかけられる電話が機内にいくつも設置されている)、てっきり関空に到着の“帰るコール”と思っていた家内の反応は『バンコク?戻ってンの?』、自分では超がつくほどの常識人と思っているウキ氏であるが家内にすれば時々愚行を繰り返すわけのわからない男らしい、関空に着いた後もう一度バンコク経由でヨーロッパに行くのではないかと勘違いしたようだ。ちょっと待ってくれ、ウッキーがなんぼ訳のわからんやつでもそこまでせんぞ。いつもなら帰宅して昼飯も済んでそろそろ昼寝の時間かというタイミングなのに搭乗機はまだバンコク手前だ。バンコクに着いても大阪行きの出発まで2,3時間、そのあと到着まで5時間?、Antwerpのホテルを出たのは現地時間2月28日午前9時ごろ、約30時間もの長旅になりそうである。


イメージ画像 これは書きたくなかったのだけども、書く破目になるとはね・・。
働き者の女子社員のせいで1、2年前に倒産してほとんど消えかけているベルギー航空(日本で言えばJALのような存在だった)、ここの通称はSABENAだった。
欧州の人はそのサービスの悪さを次のように言っておりましたな、
Such A Bad Experience Never Again !!

旅にトラブルはつきもの、100回以上買い付けに出ているからどれくらいの確率で何が起こるかだいたいわかる。厄介なのがスーツケースの行方不明、余程の事がない限りほとんど発見されて届けられる、早ければその日の夜遅く、遅くて3日後くらいである。帰国便の場合は多少遅れても、ああスーツケースの中に入れたお土産が・・・というくらいでなんてことないけれども最初の目的地に着いた時にスーツケースが行方不明ではホンマがっかり、実際に着替えもなしでは不便だし女性だったら細かい装備も多かろう、結構めんどくさい情況に陥ってしまう。このトラブルは飛行機搭乗約100回に1回の割合くらいだ、一回の旅行で最低でも4回は飛行機に乗るだろう(ダイレクトフライトで単純往復よりも1回乗り換えて、という旅のほうが多いと思う)、だから旅行25回に1回の割合だ。毎年のように海外に行ってる人はそろそろ覚悟したほうがいい。えっ、もう経験済み?それならこれからしばらく安心、当分経験しなくて良いだろう。ウキ氏の場合は当然何度も経験済み、真夏にAntwerpに着いて着替えがなくて気持ち悪くて下着を買いに行った事もあるし、お土産を渡すタイミングがずれて気まずい思いをしたこともある。
これは残念ながら対処の方法がない、行きの便に乗る際に下着を一組分ショルダーバッグにでも入れておく位のことしか出来まへんな。

いま機内放送があって、間もなく到着のバンコクは気温32度とか、ここに来ることはハプニングであっただけに感覚的についてゆけない、この分厚いジャケットどうしてくれる!

またまた機内だ、あと2時間ほどでようやく大阪だ。今どのへんか?台湾を過ぎたあたりだろうか。バンコクからのフライトはタイ航空、若くて可愛いキャビンアテンダントばかり、Sが休みのたびにプーケットに行く理由が良く解った、タイにはこんな可愛い娘たちがいっぱいなんだ。そのあたりのリゾートにカップルで行ったりなんかすると滞在している欧米人から男のほうが『お前、弁当もってレストランに来たんだな』と言われるそうであるが・・・。
アジア系のエアラインの良さはサービスが細やかで乗客にソフトなところだろう。JALやANAには最近全くご無沙汰だが察するに欧米系と大差ないものと思われる。よくJALを使っていた十数年前、どうせコネで入社できたのだろう、何でこんなやつがJALの・・というような“気のきかない&アホ”キャビンアテンダントに時々出くわしたものだ。
『当機は間もなく・・・』というアナウンス、やっと帰国だ。
ブラッセル、ナショナル空港で飛行機の故障を知る前に買ったスプライトのペットボトル、こいつもやっとお役御免、何度Kissしたことか、すっかり手に馴染んでしまった。

自宅にて、
旅行編は以上で終わりのはずだったのに・・、なんでウッキーがこんな目に・・
スーツケースが行方不明じゃー、ホンマ冗談やないでえ!

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◆ Back Number ◆
2005.07 Cut & Polished in Belgium
2005.04 ルフトハンザで出国
2005.02 オリーブの漬物
2004.11 ベルギーの初冬
2004.9 上手なブラフの使い方?
2004.8 2004アジアカップ
2004.4 ゴールデンウィーク に オランダ を想う・・・。
2003.11 Believe me!
2003.7 Vacances!
2003.5 日本とベルギーの規範
2003.3 ベルギー名物と言えば
2002.9 空港のネーミングについて
2002.5 ワールドカップ
2002.3 ひな祭り
2002.2 ユーロとトラブル
2001.12 プリンセス雑感
2001.11 ニューヨークの思い出
2001.9 不景気とは
2001.7 女子テニスプレーヤーというのは宝石だらけで戦っている・・・。
2000.4 ファンシーカットの好みは各国でかなり違うようだ・・・。
2000.2 天然の物が相手になるがゆえのつらさ、というのが常にある。
1999.12 私はダイアモンド業界ではゴルフの世界の尾崎みたいなものだ、といって自己紹介することにしている・・・