◆ ベルギー カラーダイヤモンド買い付けレポート 1999年12月

1999年12月12日(日曜日)、関西国際空港線16番ゲート前出発ロビー。搭乗まであと10分余り、日本人のいくつかのグループと何組かのカップル、団体さんたちは少し緊張気味で、カップルは昨夜のお疲れが残っているのかかなり眠そう。そして小汚い格好の白人が数人。
日本出発のいつもの光景だ。外は小雨、ユーミンの「12月の雨」を口ずさみたくなる。 機内はほぼ満席。32Dのいつもの席の隣もふさがってしまい、あわててどこか楽に座れるところはないかと立ち上がる。運良く後部の方に発見。さてこれから12時間の退屈なフライトの始まりだ。空港で買った本と雑誌を取出す。あまり読めるとは思われないけれど 気休めくらいにはなる。多分ほとんど眠って過ごすことになる。本よりもアイマスクの方が重要だ。眠りに就く前に午前11時の時計を欧州時間の午前3時に合わせておく。

アントワープの空港

体の節々が悲鳴をあげ始める頃ようやくKLM機はアムステルダムにタッチダウン。ここも小雨、外は「12月の雨」より「越冬つばめ」のほうがまだ似合うかなり寒そうな空模様だ最終目的地、アントワープへの乗り換えに長い道程を歩く。世界一充実しているといわれるここアムステルダムのスキポール国際空港。免税店を横目に見ながら目新しい点を探す。さすが観光立国、カジノまである。

ここからアントワープまではわずか30分のフライトである。搭乗機は40人乗りの双発機。にもかかわず半分以上は日本人、しかも観光客風だ。偶然にも我々バイヤーの大先輩であるY氏と出会う。氏によると、最近のアントワープは日本人の若者の間で大ブレーク。その理由は若手デザイナーが多数活躍していることだという。今年7回目、通算で70回目くらいのベルギー出張というのに全く知らなかった。そうだ、ベルギーの首相の名前も知らなかった、とア然とする。もう少し町を歩かないといけないようだ。
私がここで知っているのは大聖堂(中世の大きな教会)と「フランダースの犬」くらいのものだ。余談だが、フランダースの犬の物語は我々の世代から小学校1、2年生まで、日本人なら誰でも知っている話だが、当のベルギー人には何のことやらということであったらしい。イギリス人の作家の創作によるもので、もっぱら日本で有名になったそうだ 。そういえば、確か主人公の少年と犬のパトラッシュだったかが死んでしまうラストシーンは、雪の降り積もった大聖堂だったが、未だかつてベルギーで雪の積もっているのを見たことがない。ベルギーやオランダは真冬になると氷点下になりがちだが、山がないのでほとんど雪は積もらないのだ。それでもベルギー当局は、日本人観光客があまりにもうるさいので、ついに「フランダースの犬記念館」なるものを建設したらしいが定かでない。

悪天候のなか、プロペラ機はなんとか無事に着陸。到着ロビーで長年の友人であり、大事なサプライヤーであるS氏とがっちり握手、といいたいところだが日本通の彼はほとんど握手はしない。今回もちゃんと時間通りで待たなくて済んだ、という感じで私の手荷物ひとつ持とうとせず、先にたってパーキングに急ぐ。ユダヤ人のSとは15年くらいのつきあいになるが、そのダスティンホフマンに少し似た顔以外に余りユダヤ人らしさを感じたことがない。彼がエルサレムの嘆きの壁の前でお祈りをするのなら、私も永平寺で頭を丸めたいと思う。

Sとホテルのバーで情報交換、お互い下手な英語だがなんとかこれでやってきた。以前は私の方が上手かったのだが、マンハッタンの夜景を見なくなってから錆び付いてしまったらしい。
ホテルの部屋は相変わらず涼しい。暖房はもちろんあるけれど音がうるさいし、つけっぱなしにしていると乾燥しすぎて、干物になってしましそうでたいてい切っている。誰か堀炬燵付の部屋を紹介してはくれないかといつも真剣に考えてしまう。

翌朝月曜、まだ暗いうちから目覚めたせいで7時にはもうスタンバイである。仕事するSの事務所まで歩いて5分、彼がやってくる8時半までBBCのニュ

ホテルの室内
ースを見てすごす。あまりよく理解できないけど、仕事前のウォーミングアップというところか。真面目な話時差ボケと精神的なストレスのせいでここでは4〜5時間の睡眠である。眠ってない時間に独創的なアイデアが浮かばないかといつも思うが、両親の顔を思い出しあきらめる。

S氏と私
さて、いよいよ仕事。冷気にあてられた頭は実に爽快だ、快調に進む、どんどん買ってどんどん売ろう、私はビッグバイヤー、ということにはまずならない。おととしのように日本国内の消費が減退してしまうと、何を買っても日本で売れないのでは、とバイヤーは疑心暗鬼に陥ってしまう。また、昨年の後半からやや消費が盛り返してくると、今度は数少ない売れるアイテムにバイヤーが殺到することとなる。まったく、やりにくい。
Sが呼んだブローカーの商品を次から次に見ていく。見ていくといっても、眺めてるわけではない。10倍のルーペと先の尖ったピンセットを使いキズをチェック、真っ白な紙の上に乗せて色をチェックする。私のルーペは安物のニコン製ではない。宝飾用ツール専門メーカーRubin社製の特大ルーペだ。ピンセット
はチタン合金の超軽量なのだ。こう書くと何か下手なゴルファーが道具の自慢をしているみたいだが、私はもう15年もやっている自称トッププロなのだ。この道の新人諸君には、私はダイアモンド業界ではゴルフの世界の尾崎みたいなものだ、といって自己紹介することにしている。

景気のいいころなら、かたっぱしから値段を付けて売ってくれたらそれでよし、できなかってもまぁいいかな、という買い付けでよかったのだけど、今はそうはいかない。なかなか買えそうな物に巡り合えないし、いいものがあっても簡単に値段が折り合わない。
買える商品は見た中の何%くらいであろう。 統計をとってみる気にもならないけど、おそらく0.3%以下だろう。

 やっといいものに会えた、と思ったら今度はタフな値段交渉だ。ユダヤ人にしてみれば日本人との商売は子猫に餌のある場所を教えるより簡単なんじゃないかと思ってしまう。実際アメリカ経済が絶好調の今、売れ筋の多くはアメリカへ行ってしまう。アメリカ人の方がいい値段を出すからだ。だから、日本人の我々はお情けで売っていただいているのでは?と卑屈になる時がたまにある。

午後からは、Sに連れられ何軒かの事務所をまわる。それらのほとんどは、小規模のディーラーまたはメーカー(ダイアの原石を研磨して商品化している)だ。我々の業界で大企業といっ てもせいぜい従業員100名ほどのものである。たいていは家内工業的なファミリービジネスで、社長とその一族が何人かの従業員を使っているというかたちである。だからそこでは社長やその息子と直接交渉して、即決で商品を買う。ブローカーとの商売は彼らが単なるセールスマンあるいは商品の運び屋であることが多いためなかなか商談が進まず、いらいらさせられることがある。その点、オーナー相手だと時間のロスが少なくてすむ。しかし、貧しい英語の語彙でネゴするのは、酔っぱらってゴネてるみたいでなんだか空しくなる時がある。
 心身ともに疲れ果て、気が付くと暗くなっている。この一画は一甲子園のグランドの広さ程もないが一L時型の通りの両側に10階建てくらいのビルが多く立ち並び、ダイアモンドの街を形成している。間違いなく、アントワープで一番人通りの多いところだろう。
今世紀初頭、アントワープでオリンピックが開かれたとはちょっと信じがたい。

ダイアモンドの街
日本の地方都市(松山とか和歌山)の規模だ。港町で船の便に都合がよか ったのかもしれない。
そんなことを考えつつもなかなか仕事は終わらない。Sがいろいろアポイントを取ってくれているのでそれをないがしろにも出来ず、午後の6時過ぎてまた別の事務所を訪問する。終わってでてきたら既に8時、通りにはほとんど人影は無かった。

2日目、朝の8時45分仕事開始。今日の最初の商品は1.0カラットの低価格帯、ひとつの値段が10万円とか15万円のキズの多い(ルーペを使わなくても肉眼でキズの見える)ダイアである。私はこのアイテムを非常に得意としている。何故かはよく自分でもわからないけど、多分大きくて安いものがいいのだ、という古典的な精神構造になっているのだろう。とは言ってもお客さんに買ってもらえなければ話にならない。肉眼で見て、あまりにもキズが目立つようなものはたとえそれが2、3万でも外さないといけない。
ダイアはたいていの場合小さなメモ用紙を二つ折りにしたくらいの紙に包まれているので、消費者が見てもとてもこの中にダイアが入ってるとは気付かないだろう。もちろん、枠にとめる前の裸の状態である。紙のなかには1個の時もあれば数個の時もあり、また小さいサイズであれば100個以上ということもある。  

12時をまわりSが昼飯をどうするか聞きにきた。ここでのランチはたいてい1時から2時の間である。ここでというより、日本以外かもしれないが、多くの外国ではそんなような気がする。日本人が働き者であったときは、当然朝が早いから昼飯は12時となり、現在でもその習慣だけが残っているのではないのか。なにはともあれ、そばを食いたい、
というわけにはいかないからサンドイッチを注文する。ラッキーなら1時過ぎくらいには5分のランチタイムがあるだろう。明日は出国の前日スーパーで買って持ってきたカロリーメイトとスープにしよう。ヨーロッパのサンドイッチなどまずくて食えたものではありません。まったくこいつらの舌どないなっとるんじゃ?と時々思う。

素晴らしいランチタイムの後はピンクダイアの仕入れだ。HPに載せてるし、恥ずかしいことはできない。気合いが入るが、商品にはあまり気合いが入ってないみたい。どうも本当のビッグバイヤーがいいところかっさらっていったようだ。私は鳩のようにこぼれたパン屑を啄ばむごとく、買い付けを続けるのである。


◆ Back Number ◆
2005.07 Cut & Polished in Belgium
2005.04 ルフトハンザで出国
2005.02 オリーブの漬物
2004.11 ベルギーの初冬
2004.9 上手なブラフの使い方?
2004.8 2004アジアカップ
2004.4 ゴールデンウィーク に オランダ を想う・・・。
2003.11 Believe me!
2003.7 Vacances!
2003.5 日本とベルギーの規範
2003.3 ベルギー名物と言えば
2002.9 空港のネーミングについて
2002.5 ワールドカップ
2002.3 ひな祭り
2002.2 ユーロとトラブル
2001.12 プリンセス雑感
2001.11 ニューヨークの思い出
2001.9 不景気とは
2001.7 女子テニスプレーヤーというのは宝石だらけで戦っている・・・。
2000.4 ファンシーカットの好みは各国でかなり違うようだ・・・。
2000.2 天然の物が相手になるがゆえのつらさ、というのが常にある。
1999.12 私はダイアモンド業界ではゴルフの世界の尾崎みたいなものだ、といって自己紹介することにしている・・・